昭和51年(1976年)11月本学附属病院の診療が開始された。教室のスタッフは鮫島夏樹初代教授以下7名で疾患別診療班はなく心臓血管、呼吸器、消化器、小児外科さらにはアッペ、ヘルニアなどの一般外科に及ぶまで全ての外科疾患を診療することから始まった。鮫島教授は消化器外科及び小児外科を専門としていたため小児外科病棟を10床を持った代わりに成人病床が6床減らされて42床となり、さらには口腔外科6床との混合病棟となってスタートした。当時は特定の症例に固執しなければ患者獲得に苦労はなく、全ての外科疾患を手掛けられた。
昭和55年以降は2代目久保良彦教授の専門としていた血管外科と呼吸器外科が全国的にも評価されるようになり、症例数も増加した。特に血管外科は全国屈指の症例数を数えるまでに急速な成長を遂げた。平成に入り、心臓血管外科、呼吸器外科及び小児外科、さらに乳癌外科などを主要な診療部門とする教室として体制が確立された。同時に診療班も心臓血管外科、腫瘍外科(呼吸器外科、乳線外科、消化器外科)、及び小児外科の3つに区分され、ほぼ独立して診療にあたっているが、合併疾患の診療では相互に協力して治療成績の向上に努めている。
教室全体の症例検討会は週1回木曜日午前7時45分から行われる。その他、グループ毎の症例検討会が週2回行われ、術式や治療方針の検討、確認が徹底されている。手術日は火曜日、木曜日の2日であるが、実際には月曜日から金曜日まで連日手術が組まれ、15〜20例/週、年間約1000例の手術をこなしている。
外来診療は月曜日が血管外科外来で、約50例の新来、再来患者がVascular laboratoryを訪れ、5〜6名の心臓血管外科専門医と2名の技師が診療に当たる。水曜日は心臓外科外来と腫瘍外科外来、金曜日は腫瘍外科外来と小児外科外来である。新来患者の診察日は月、水、金であるが、手術日であっても新来患者に対しては診察をおこなっている。
病棟診療は各診療班で異なる。心臓血管外科は2005年10月から血管外科2グループ、成人心臓、小児心臓の4グループの分かれ、コンサルタント医師、フェロー、レジデントの3人1チームで各々6〜10人の患者を受け持つ。手術も術後管理もこの3人が自チームの患者を担当する。毎日朝9時から病棟回診、およびICU回診が行なわれる。教授と教室全員でのいわゆる総回診は廃止した。夜間、および土、日、休日の当直は申し送りされた一名が順番に担当する。これにより若手医師の激務が緩和され時間的余裕が生まれている。夏休み2週間は7〜8月にかけて3交代で、何があろうとも休養を徹底している。
学会活動(別項参照)は教室の性格上多岐におよぶ。日本外科学会、日本胸部外科学会、日本心臓血管外科学会、日本血管外科学会、日本呼吸器外科学会、日本小児外科学会、日本乳癌学会、日本消化器外科学会など主要な学会以外に、脈管学会、静脈学会、乳癌学会、糖尿病学会、透析学会、人工臓器学会、移植学会、創傷治癒学会など8〜9関連学会への参加があり、臨床及び基礎研究成果の報告が行われる。
研究活動は大学院生が2〜4名研究専従の形で、主に心臓血管系、癌の研究プロジェクトに従事する。無論、大学院生以外の研究も奨励され、診療の傍ら研究を行っている。これらの研究により、通常10〜15年目で医学博士号を取得する。
海外留学(別項参照)は米国のYale大学血管外科とWashington 大学(St. Louis)血管外科にresearch fellowとして2名が留学していたが、本年は医局員の不足からYale大学への留学を休止している。今後、医局員数が回復すればドイツ、イギリスなどさらに留学先を増やして国際的多様性を高める必要がある。
関連病院(別項参照)は道北、道東を中心に全道におよぶ。また東京新宿(新宿石川病院、関連病院の項参照)に外来を開設し、道外紹介患者の診察、およびそれらの術後観察を行っている。
今後の教室の方針は、将来の医学教育、医療制度改革を踏まえ、学内外において外科医の勤務環境の改善や生活の質的向上のため様々な改善策を推進すると共に、医師を関連センター病院に集約化して高度先進医療に貢献すると共に、優れた指導医、専門医とそれらに連動する修練医/研修医の育成を目指す。

