肺の病気

肺癌

はじめに

2005年における肺癌死亡数は、厚生労働省人口動態統計によると、男性45,187人(第1位)、女性16,871(第3位)であり、過去40年間で男性は8.36倍、女性は7.26倍に増加した。その中で、肺癌検診の増加やヘリカルCT、MRI、PETなどの診断機器の精度向上により、早期肺癌の発見率が増加してきた。しかし、肺癌は現在も難治癌の一つであり、診断法、治療法の充実が希求されている。ここでは、非小細胞肺癌の外科治療を中心に、 術前診断、手術適応、肺癌に対する手術、周術期管理、術後治療について記述する。

術前診断と手術適応の評価、術前治療

1. 腫瘍学的手術適応の診断

組織型(NSCLCかSCLCか)、臨床病期(TNM分類)が判断因子となる。Ⅰ、Ⅱ期非小細胞肺癌は腫瘍学的に切除術の対象となる。ガイドライン上、Ⅲ期非小細胞肺癌は、T3N1症例で切除が推奨されている以外、手術単独治療は推奨されない。しかし、完全切除可能な症例もあり、病期決定のための画像診断の正確さが求められている。

1) 検出方法、質的診断
  1. HRCT:腫瘍の質的診断と縦隔リンパ節腫大の評価を行う。末梢病変の陰影濃度に関して、GGO(GGA)病変の占有率による野口分類との対比が研究されている。縦隔リンパ節診断は、短径10mm以上を陽性と判定しているが、CTにおける感度は52%、特異度は69%と診断能はそれほど高くない。MRIの診断能もほぼ同等である。腺癌は正常の大きさの転移リンパ節が少なくなく、扁平上皮癌は炎症性腫大が稀ではないため、大きさの転移診断には限界がある。判定困難例でPET(positoron emission tomography)診断を考慮する機会も増加してきた。PETのリンパ節因子診断はCT、MRIに比べて、感度79-85%、特異度90-91%と高い診断率が報告されている。
  2. MRI:胸壁や縦隔への進展評価、肺尖部の評価、血管への浸潤の有無等の診断でCTより若干優れている。
  3. 腫瘍マーカー:質的診断の補助、治療効果のモニタリング、再発診断の補助が目的である。
2) 確定診断
  1. 喀痰細胞診:肺癌症例における検出感度は36-40% にすぎない。喀痰細胞診で発見されたX線陰性肺癌は長期生存例の割合が高いことも報告されている。感度を上げるためにサイトメトリーの併用や、各種分子マーカーの検討、免疫染色(hnRNP A2/B1)、PCRによる遺伝子異常の検出(K-ras,p53)などが研究されている。
  2. 気管支内視鏡:組織診断、進展状況の確認、経気管支リンパ節生検などによる病期診断も含む。X線透視下又はCTガイド下に行う事もある。早期肺癌の検出、治療に蛍光気管支鏡12、気管支壁進展評価に気管支鏡下超音波の開発もされている。
  3. CTガイド下経皮針生検:気管支鏡で確診が得られなかった場合に適応となる。高率に気胸の合併を認め、肺内出血や空気塞栓、腫瘍細胞の播種や胸壁への移植などの危険もある。手術可能な悪性を疑う症例は、経皮針生検を省略して、迅速病理診断を併用したCTガイドマーキング下胸腔鏡下生検を行う。

2. 生理学的手術適応の診断

肺癌患者は高齢者、肺気腫や虚血性肺疾患などの合併症を有するものも少なくない。

1) 肺機能評価
スパイロメトリーによる呼吸機能検査とRoom airでの血液ガス測定を行う。肺機能面から肺葉切除の適応決定の重要因子は、予測残存一秒量と考えるが、800ml以下の場合は切除困難例と診断している。閉塞性肺疾患パターンを示す肺気腫症例では、肺換気血流シンチを行い、より正確な予測残存肺気量の算出に努める。予測残存一秒量が800~1000mlの場合は、6分間歩行テストや運動負荷後のBGAを評価する。
2) 心機能評価
心機能障害の合併例も少なくない。心臓超音波検査、心筋シンチ、ホルター心電図によ る評価を行う。重症例に対しては、心手術の優先、または同時手術を検討する。
3) 全身の評価
腎機能、肝機能、耐糖能異常などの術前より合併症を有する症例も少なくないので、血液性化学検査、クレアチニンクリアランスや耐糖能検査(必要例のみ)などを測定する。

3. 術前管理

術前処置の目的は、術中、術後合併症を可及的に予防することにある。特に、術後肺炎は致命的になる事もあり、十分な対策が必要となる。

1) 気道の浄化、感染予防
喫煙例の多くは気道分泌物の増加、感染性喀痰の産生を来たしている。禁煙は厳守させるべきである。喫煙による肺合併症の軽減には4週間以上の禁煙が必要との報告もある13。喀痰培養や鼻、咽頭培養により、MRSA等の保菌の有無をチェックすることも重要である。症例によって、気道の浄化、去痰剤の吸入、抗生剤の投与等を行う。
2) 術前呼吸訓練
肺気腫等の慢性肺疾患を合併している症例も多く、2週間以上の呼吸訓練を行う。呼吸機能訓練器(スーフル)の使用、腹式呼吸や咳嗽法の訓練を行う。
3) 合併疾患のコントロール
高齢者手術の増加で、肺気腫、慢性気管支炎等の肺疾患の他、高血圧、脳血管疾患、虚血心疾患、糖尿病、肝、腎疾患などの合併例も少なくなく、充分に制御しておく。

4. 術前治療

局所進行肺癌、特に、IIIA、IIIB期症例に対する外科治療の成績は決して良好ではなく、術前抗癌剤治療による予後向上の試みがなされている。現時点では、MD AndersonやJCOGなどの第三相試験が報告されているが、術前治療に対するエビデンスレベルは高くないが、良好な結果の報告もあり、適性使用薬剤の種類も含め、本治療の有効性は今後の研究の集積が待たれるところである。

肺癌に対する手術

肺癌の標準的な基本術式は、肺葉切除と縦隔リンパ節郭清(ND2a)である。近年、胸腔鏡によるアプローチを導入した施設が増加し、その定義や侵襲性、安全性、予後について検討されている。Ⅰ期肺癌に対する胸腔鏡手術が標準開胸に比べて優れているか否かは、肯定的な報告が多いが17,18,19、確定的結論は出てはいない。我々は、肺葉切除例であれば、第4または第5肋間の小開胸(6-10cm)と、1つないしは2つのポート孔により、直視と鏡視を併用した手術(胸腔鏡補助下手術)を行っている。高度癒着例、気管支形成例、近接肺葉浸潤例、隣接臓器合併切除例に関してはその限りではない。

1. 標準術式

開胸は基本的に側方切開で行う。筋肉は可及的温存(muscle sparing thoracotomy)、する。開胸時、胸水や胸膜播種の有無を確認し、胸腔内洗浄細胞診断を行う。縦隔胸膜を切開、肺動静脈を露出しながら、下縦隔、♯7、♯10、右であれば♯4まで、左であれば♯5、6のリンパ節郭清を行っておく。血管処理は2重結紮または自動縫合器を用いて、不全葉間、気管支断端は自動縫合器を用いて処理をしている。(我々はRoticulating suluの自動縫合器を用途に応じ使用している)。肺切除後、上縦隔リンパ節の郭清を行う。下葉原発症例では#7に腫脹を認めない症例はサンプリング程度にとどめるケースもある。

2. 気管支形成術

完全切除可能な、肺葉気管支口、中間気管支幹への腫瘍浸潤例を適応とする。同時に肺動脈形成必要例もある。楔状切除か管状切除かは、術中迅速病理診断を行いながら最適の切除を行う。縫合は、3-0又は4-0の吸収糸、結節縫合で行っている。吻合部には、pericardial fat patや胸膜、肋間筋を用いた被覆を行う。

3. 拡大手術

隣接合併切除を伴うT3、T4症例が適応となる。T3N0例はIIIB期であり、切除の適応である。T3症例の中でも、心膜、壁側胸膜浸潤例は、骨性胸壁、胸壁軟部組織浸潤例に比べて予後は良好である。肺尖部肺癌(Pancoast肺癌)の場合もN0であれば、術後の放射線照射も考慮し、切除適応としている。T4肺癌は、浸潤部位により術式が異なり一律に論じられない。N0であれば、手術を検討例もあるが、リスクが高く、適応は慎重にならざるを得ない。ガイドライン上では、推奨するだけの根拠がないとされているが、比較試験で優劣を論じることが難しい分野であり、今後、集学的治療を含めた症例の積み重ねと、その解析が必要である。

4. 縮小手術

機能温存を考える上で重要な概念であり、リンパ節転移陰性であることが必要である。縮小手術による良好な成績も報告されている20。ガイドライン上、適応によっては、肺葉切除と同等の予後が得られる可能性はあるものの、推奨できる根拠は明確ではないとされている。20mm以下のBAC(bronchioalveolar carcinoma)に対する区域切除術、野口分類typeA, Bに対する部分切除など、比較試験による評価が期待される。

術後管理、術後治療

1. 術後管理

術後管理の目的は、術後合併症がなく患者が回復することである。クリニカルパスを用いる事で、術後管理の効率化、安定化が得られる。

1) 全身管理
術当日は右心負荷増大、患側残存肺の低肺機能状態であり、水分過剰に注意するが、極端なdry sideは腎機能低下を招くために避けるべきである。第1病日より経口開始、第2病日より点滴止めとする。抗生物質は、第一世代セフェム系薬剤を使用、術中、術当日1回、第1病日の朝夕2回で終了する。第1病日朝に各種モニターを除去し行動拡大、 酸素投与は適宜減量、中止する。
2) 呼吸管理
術直後抜管前に気管支鏡を施行、気管支断端、形成部の確認、喀痰の吸引を行う。重喫煙者、予想一秒量1000以下の症例に対して、小型気管チューブ(ミニトラック)挿入を検討する。排痰障害、肺炎の徴候が無ければ、翌日よりの気管支鏡は原則施行しない。胸腔ドレーンは28Frシリコンドレーンを1本挿入している。低圧持続吸引とし、200ml/日以下で可及的早期に抜去する。

2. 術後治療

ガイドライン上、術後病期IB、II、III期非小細胞癌、完全切除例に対しては、術後化学療法を行うよう勧められている。2004年CALGBよりIB期に対するカルボカイン、パクリタキセルの有用性の第3相試験結果が報告され、手術単独群より有意に生存率の向上が得られた21。また、わが国の術後病期Ⅰ期肺腺癌を対象とした経口抗癌剤(UFT)による術後補助療法と手術単独の比較検討で特にIB期で5年生存率の11.4%の上乗せが報告されてた22,23。II期、III期に関してはプラチナベースの術後化学療法が推奨されている24

おわりに

以上、外科医が携わる範囲での、肺癌手術治療を中心に、適応、検査、手術、周術期管理等について記載した。手術手技が関与している部分では、簡単に比較試験で優劣を論じることが出来ない状況が存在することも事実である。しかし、エビデンスレベルの高い内容も参考にしながら、個々の患者に適した治療を選択することが重要であり、外科治療が如何にあるべきかを常に念頭におくべきである。

ページトップ